大韓帝国の皇室は忘れ去られて久しいですが、歴史の裏街道で波瀾万丈な近代史を経て生きてきた最後の皇孫・李錫さんは、今の時代には皇室の役割が求められると力説します。精神的・文化的求心力として皇室の存在意義を呼び起こす彼は「鳩小屋」という歌の歌手としてもよく知られています。彼が夢見る21世紀の皇室の役割について聞いてみましょう。

皇室の子孫、歴史の裏街道に立つ

全州・韓屋村のある通りに「承光斎」と書かれた韓屋には朝鮮王朝の最後の皇孫が住んでいます。亡国の皇孫だった彼は生まれた瞬間から映画のような波瀾万丈な人生を生きてきました。このドラマのような話が現実であることを裏付ける人物が皇室文化財団の総裁・李錫さんです。
「父は当時、日本に対する鬱憤を抑えることができませんでした。毎日死にたいといい、国を失ったことで苦しんで、私が16歳の時に亡くなりました。」高宗皇帝の5番目の息子である義親王(1877~1955年)は抗日闘争に参加したサドングン 唯一の皇族であり、その義親王の11番目の息子が李錫さんです。ソウルの寺洞宮で生まれた彼は、小さい頃は登下校の時にも尚宮(正五品の女官)が付人として同行しました。しかし、崩壊した皇室は困窮していて、彼は大学時代にバイトでDJをしたり、米8軍舞台やナイトクラブで歌い、司会をしました。
「純宗の皇后である尹大妃は、皇室が滅びたとしても皇孫が道化師になってはいけないと怒りました。」
1966年にはベトナム戦争に参戦しましたが、怪我をして帰国した後、1968年に「鳩小屋」というアルバムを出して歌手デビューしました。しかし1979年に起こった朴正煕暗殺事件後、それまで住んでいた「七宮」に憲兵が突然押しかけてきてそこから追い出され、米国へ渡るしかありませんでした。

忘れられた歴史の根幹を立て直す

不慣れな米国での生活は当然のごとく辛い日々でした。仕事もお金もなく、不法滞在者として暮らすほどステータスは転落しました。プールの清掃から高層ビルの清掃まで、夜には拳銃を持って警備員の仕事もしました。1989年、英親王妃・李方子女史が亡くなったという知らせを聞いて韓国へ戻ってきましたが、行く場所などはありませんでした。2004年10月に全州市から提供された承光斎に入居・定住することになり、全州文化大使の役割も担いました。長い彷徨を終え、全州に定住した李錫さんは皇室文化の復元のために様々な活動をしながら東奔西走しています。彼は昔の皇室の栄華や権威を取り戻そうとしているわけではなく、民族の求心力を失わせようと日本によって歪曲され傷つけられた韓国の歴史と文化の根幹、象徴的価値を正しく立て直そうとしています。「正しい歴史と皇室文化を知らせるために全国を回りながら講義をしています。日本によって無残にも壊され、忘れられた歴史の根幹を立て直すことが私の仕事だと信じています。」彼が夢見る「宮殿」はドラマの中でしか実現できないかも知れませんが、窮地に追い詰められた彼と皇室の人々が経験した試練もまた、韓国歴史の一部であることを忘れてはいけません。

韓国の建国後、皇室の人々はどのように暮らしましたか?

皆の記憶からは忘れられましたが、皇室の人々は1979年に朴正煕暗殺事件が起こる前までは宮廷で生活していました。私は1941年にソウルの寺洞宮で生まれました。今は無くなりましたが、昔は安国洞の交差点から現在の泰和ビル一帯までが全部寺洞宮でした。父の義親王の私邸でした。そこには尚宮、女官、チョンガクシ(宮廷を管理する人)などが一緒に暮らしており、結婚した兄達も家族と一緒に宮廷の中にある家にそれぞれ住んでいました。その後、城楽苑・別宮・昌徳宮・楽善斎・七宮を転々としました。七宮は後宮の祠堂であり、青瓦台 (宮井洞)内に史跡第149号として今でも残っています。しかし、李承晩政権が皇室財産管理法を作って皇室財産を国有化してから経済的困難を抱えることになりました。旧皇室財産事務総局から尹大妃への経済的支援がありましたが、生活を維持するには到底無理でした。朴正煕政権下では少なからず生活費が支援されましたが、朴正煕暗殺事件の時に完全に追い出されました。そして皆が離れ離れになって、虚しく亡くなったり、海外に移住しました。

大韓帝国の皇室はどんな形で復元されるのが理想的だと思いますか?

もちろん実際の皇室を復元しようというのではありません。ただ、歴史と伝統、文化面だけは維持・継承した方が良いと思います。まず、象徴的に皇室を作っておくのもいいでしょう。イギリスのように象徴的に皇室があれば、民族の求心力になれると思います。スペインでフランコ総統が約40年ぶりに王政復古したのも求心力が必要だったからです。最近は私の講義を聞いて「こんなに素晴らしい皇室歴史があるのにどうして忘れられてしまったのか」と嘆く人もたくさんいます。皇室は5000年の歴史、少なくとも500年の歴史が続いてきたという証拠です。

君臨する皇室ではありませんが、歴史的人物に直接会えることだけでもその意味が大きいと思われます。現在、世界中には42ヶ国に王様が存在すると言われますが、その国々との文化交流もできるでしょう。精神・文化面から皇室の復元は有意義なことだと思います。

大韓帝国の皇室という象徴性が持つ文化観光コンテンツとして意義とは?

全州・韓屋村を訪れる方々は承光斎にも立ち寄ってくれます。もちろん私に会いに来る方もいます。子供の場合、教科書で勉強した皇室の人だという説明を聞いて驚いたりもします。李錫という人がいること自体がすでに文化観光コンテンツになると思われます。その裏面には「生きている皇室の象徴」という意義があります。私が全州・韓屋村に定住する前は観光客が1年に10万人でしたが、今は1,000万人に達しています。周りでも皇孫のお陰で韓屋村の地位が高まったと言ってくれるので多少なりともプライドを持っています。

また、あらゆる階層の主要人物をはじめ、在韓の外国大使や外交関係者なども韓屋村を訪ねる際には、必ず承光斎にも立ち寄ります。そういったことからも皇室という象徴的存在として全州の地位を高めることに貢献していると自負しており、どこにもない、意味のある文化コンテンツだと思います。

PROGRAMS

皇孫から聞く歴史物語

「皇孫から聞く歴史物語」が慶基殿で行われます。観光客や一般市民に韓国歴史を正しく知らせ、朝鮮建国の発祥地である全州の文化、歴史、文化財などを知らせるためのプログラムです。隔週土曜日に、慶基殿の守門将交代式後の午後3時に行われます。

慶基殿と御真博物館の解説付きツアー

全州韓屋村の入口にある慶基殿は、朝鮮の根元のような場所です。境内には国宝第317号である朝鮮の初代王・李成桂の御真(王の肖像画)を祀った本殿と、全州李氏の始祖である李翰の位牌を奉安した肇慶廟、朝鮮実録を保管した全州史庫、朝鮮の第8代王・睿宗のへその緒を埋めた胎室などの遺跡があります。団体予約すると李錫さんの解説付きツアーに参加することもできます。

承光斎の観覧及び体験

皇孫が住んでいる承光斎は「光を継承する」という意味で、大韓帝国の年号「光武」すなわち、高宗皇帝の意を受け継ぐことを目的としています。ここには朝鮮王朝の歴代王の姿や皇孫の李錫さんの活躍などが写真で展示されています。他にも朝鮮の歴史学習、皇室茶礼体験、皇室礼儀作法体験など様々な皇室文化体験プログラムが実施されています。

儒服及び科挙体験

朝鮮時代の儒者が着た儒服を着て帽子を被って国家試験である科挙を再現しています。科挙の試験問題は三行詩または四行詩形式の短文で、審査を経て優れた詩を提出した儒者には「皇室文化財団」から商品と記念品が提供されます。団体予約のみ参加することができます。

名士おすすめの名所

梧木台

全州・韓屋村にある小さな丘で、ここを登ると韓屋村の全景が目の前に広がります。太祖・李成桂が開国する前に、倭賊(日本軍)を討伐してしばらく留まった場所で、朝鮮王朝を開国してからここに東屋を建てて梧木台と名付けました。梧木台から往復6車線道路を渡れば、李成桂の第5代目の先祖である穆祖・李安社が住んでいた梨木台があります。

全羅北道全州市完山区校洞山1-11
063-281-2114

殿洞聖堂

韓国で最も美しい聖堂の一つであり、ビザンティンとロマネスク様式が折衝されて美しさと雄壮さが現れています。韓国カトリックの初の殉教聖地で、全羅道地域の西洋式近代建築物としては最大かつ最古で、史跡第288号に指定されました。韓屋村内の慶基殿の隣にあります。

全羅北道全州市完山区太祖路51
063-284-3222
www.jeondong.or.kr

PROGRAMS

皇孫から聞く歴史物語

「皇孫から聞く歴史物語」が慶基殿で行われます。観光客や一般市民に韓国歴史を正しく知らせ、朝鮮建国の発祥地である全州の文化、歴史、文化財などを知らせるためのプログラムです。隔週土曜日に、慶基殿の守門将交代式後の午後3時に行われます。

慶基殿と御真博物館の解説付きツアー

全州韓屋村の入口にある慶基殿は、朝鮮の根元のような場所です。境内には国宝第317号である朝鮮の初代王・李成桂の御真(王の肖像画)を祀った本殿と、全州李氏の始祖である李翰の位牌を奉安した肇慶廟、朝鮮実録を保管した全州史庫、朝鮮の第8代王・睿宗のへその緒を埋めた胎室などの遺跡があります。団体予約すると李錫さんの解説付きツアーに参加することもできます。

承光斎の観覧及び体験

皇孫が住んでいる承光斎は「光を継承する」という意味で、大韓帝国の年号「光武」すなわち、高宗皇帝の意を受け継ぐことを目的としています。ここには朝鮮王朝の歴代王の姿や皇孫の李錫さんの活躍などが写真で展示されています。他にも朝鮮の歴史学習、皇室茶礼体験、皇室礼儀作法体験など様々な皇室文化体験プログラムが実施されています。

儒服及び科挙体験

朝鮮時代の儒者が着た儒服を着て帽子を被って国家試験である科挙を再現しています。科挙の試験問題は三行詩または四行詩形式の短文で、審査を経て優れた詩を提出した儒者には「皇室文化財団」から商品と記念品が提供されます。団体予約のみ参加することができます。

名士おすすめの名所

梧木台

全州・韓屋村にある小さな丘で、ここを登ると韓屋村の全景が目の前に広がります。太祖・李成桂が開国する前に、倭賊(日本軍)を討伐してしばらく留まった場所で、朝鮮王朝を開国してからここに東屋を建てて梧木台と名付けました。梧木台から往復6車線道路を渡れば、李成桂の第5代目の先祖である穆祖・李安社が住んでいた梨木台があります。

全羅北道全州市完山区校洞山1-11
063-281-2114

殿洞聖堂

韓国で最も美しい聖堂の一つであり、ビザンティンとロマネスク様式が折衝されて美しさと雄壮さが現れています。韓国カトリックの初の殉教聖地で、全羅道地域の西洋式近代建築物としては最大かつ最古で、史跡第288号に指定されました。韓屋村内の慶基殿の隣にあります。

全羅北道全州市完山区太祖路51
063-284-3222
www.jeondong.or.kr

INFORMATION
承光斎
    • 全羅北道全州市完山区崔明姫ギル12-6
    • 063-284-2323
Writer by Song Ji-yoo | Photo by Nam Yoon-Jung(AZA Studio)
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